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イベント報告
 ソフトウェアテストシンポジウム 2016 九州

2016年11月4日(金) 於 宮崎大学創立330記念交流会館コンベンションホール(木花キャンパス)

ソフトウェアテストシンポジウム 2016 九州
「深化。進化。」

九州開催10回目、おめでとうございます。

休日の谷間で絶好の行楽日和となり、筆者の本音は、休暇を取って遊びに行きたいところである。しかし、テストへの熱い思いを持った筆者は、明るく開放感一杯の宮崎大学で、他の参加者と共にオープニングの時を待った。

S0) オープニング

オープニングの片山氏の挨拶では、会場名称に含まれる「~330~」の意味は、木花キャンパス4学部の創立年数の合計である事や、会場となったコンベンションホールの特徴的なデザインの天井は、宮崎杉をふんだんに使ったものである話にまじえ、「JaSST Kyushu10年目」である事を話された。JaSST Kyushuは、九州各県で開催されるのが特色のひとつである。今回の宮崎県は、初めての開催で、残る未開催の県は、長崎県と佐賀県とのことも併せて紹介された。参加者は80名ほどで、会場は満席となっていた。なお、参加者の半数以上は宮崎県内からとのことである。

S1) 基調講演
「テストの上手いやり方の実践とテストプロセス」
湯本 剛 (日本ヒューレット・パッカード)

講演者の湯本氏は、2011年に福岡で開催したJaSST'11 Kyushu以来、JaSST Kyushuに2度目の登壇である。テストプロセスは、程度の差はあるにしても「頭では理解できても、上手く実践出来ない」という悩みを抱えていると思う。湯本氏は、今回の「深化。進化。」のテーマから、うわべだけの理解にとどまらず、実践の課題解決に向けての、提言をしてくれた。

講演は、テストプロセスと直接結び付かないと思われる、「ソフトウェア開発におけるテスト工数の占める割合の数値は?」の問いかけから始まった。提示された数値は、4つある。そして、実は4つとも正解というカラクリが明かされていくのである。全部正解のカラクリは、箱ひげ図でいうところの第1四分位点、第2四分位点(中央値)、第3四分位点と平均値の4つを指していたからであった。更に、この4つの数値に仮定の工数単価を当てはめ金額換算すると、第1四分位点と第3四分位点の間に最大1億円の開きがみえてくる。つまり、テストのやり方次第(テストプロセスの進め方次第)で、1億円のロスが発生する可能性のあることを「見える化」してみせたのだった。そして、この1億円のロスを無くす(上手いテストをする)には、「テスト活動をクリティカルパスにしない」事と、湯本氏の講演は本題にはいっていく。

テストを上手に実践するためのポイントとして、「作業を具体化」し、「状況を共有可能にする」事の重要性から説明が始まるが、この点は、日頃から筆者も強く思うところである。さらに説明は、エンジニアリングの3要素は「人」「技術」「プロセス」であると話が進む中で、技術は人についているものと考えていた筆者は、技術と人を切り離す捉え方をしておらず、これを機会に再考してみたいと思った。

ところで、筆者の経験から、スケジュールに余裕が無い現場では、「作業を具体化」しないまま、誰かがやっているはずとなるあいまいな作業は、必ず存在していた。そして、そこにあるリスクは、具体的に「課題」として認識されない事も多くあった。 湯本氏のここまでの講演を聴いて、筆者のこの経験は、1億円のロスに繋がっていくという状態を生む一因となりうるのだと思い、冒頭の一億円のロスの問題提起と、現場の課題が筆者の中でつながった。

ここまでで、上手いやり方(つまり、作業の具体化・共有化を実行する仕掛け仕組みを持ったプロセスを作ること)の重要性がわかった。これをさらに効率よく進めるにあたり「テストを改善するにはテストに特化した参照モデル(改善の道具)の利用が有効」であると湯本氏は語る。

プロセス改善モデルは世の中にいくつかあるが、ここは、「TPI NEXT」を例に、エッセンスを紹介するとのことだった。「TPI NEXT」に話がつながり、ここからは、湯本氏のご専門であり軽快に話が進むことになる。改善に向けては、まず現状の課題を明確にする必要がある。「TPI NEXT」では4段階の成熟度レベルを設定し、現状レベルを把握するのに適している。そして、改善すべき事が分れば、あとは実行すればよいのだと、筆者なりに理解した。

(筆者所感)

テストの上手いやり方の情報は、書籍やインターネットでいろいろな観点からさまざまに語られているが、実際に現場で適用するには、現場にあった工夫をする必要があることをあらためて強く感じた。工夫すべき一例として、これは会場から質問としてあがったのであるが、「TPI NEXT」適用にあたり「用語の統一が課題になったが、その解決策は?」を例に取り上げてみる。プロジェクトで使用する用語が顧客との間に浸透していると、容易に変更しにくく、業界標準を理由に無理に変えるとかえって非効率な場合もあり、現場リーダの判断に委ねるしかないのであろうとのことだ。筆者の所感であるが、「100か0か(全部変えるか、変えないか)」ではなく、「変えないとかえって非効率になる用語だけを変える」など、柔軟な発想を持って工夫をして、それを積み重ねていくことがポイントだと思った。

S3-1) 事例発表・経験発表
「VDM++仕様に対する境界値分析を用いたテストケース自動生成」
立山 博基、片山 徹郎(宮崎大学)

会場の宮崎大学の修士生の発表で、VDM++で記述された仕様に対して境界値分析を行い、テストケースを自動生成した成果の報告である。筆者の周囲では、仕様書からテストケースを自動生成したいという話題を最近よく耳にするので、関心の高いテーマとして興味深く聞くことができた。

S3-2) 事例発表・経験発表
「不吉な臭いがするコメントとその検出方法」
田上 諭、片山 徹郎(宮崎大学)

引き続き、宮崎大学の修士生の発表で、ソースプログラムのコメントに着目してソースコードの内容のリスク軽減を図る取組みの発表である。着眼点のユニークさに引き込まれ、筆者の過去の開発でのコメント付けに関する出来事を思い出しながら楽しく聞くことができた。修士生は、お二人とも、今までの成果と、今後に向けての課題を明確に持っており、若々しく好感度の高い発表だった。

S3-3) 事例発表・経験発表
「プログラムを知らない人でもテスト自動化できるツールを作り業務効率化した話」
松谷 峰生(LINE Fukuoka)

テスト自動化ツールを簡単に使える工夫をした発表である。簡単に使えるようにした事で、発表者の周囲で評判となり、「さらなるテスト自動化を推進する活力が生まれた」と発表された点が印象に残った。テスト自動化は、導入までのハードルが高そうというだけで適用を断念される話を耳にすることもあるので、その思いを払拭できる今回の成果の有効性は、十分伝わってきた。

S3-4) 事例発表・経験発表
「テストエンジニアのキャリアチェンジに向けて:序~You Are Not Alone~」
山本 久仁郎(mediba)

テストエンジニアのキャリアチェンジというちょっと刺激的でありかつ魅惑的なテーマは、今回は学生も多くどのように受け止められたのだろうかと少し心配になるテーマであった。テストの専門性を名称と役割で結びつけて明確に説明できるかと問われると筆者には自信が無い。職歴をこなしてしてきた経験者ならではの報告で、普段は、聞くことのできない貴重な内容の話だった。

S3-5) 事例発表・経験発表
「Go Beyond the Cognitive Era. –Vol.01 未来の人工知能の品質保証と安全について-」
細川 宣啓(日本IBM)

テストの将来を危ぶむテーマで、テストの話では無いと前置きしながらも、十分テストの話となった。人工知能について、現在はどこまで実現できているのかを、人工知能の現時点の限界点と共に説明され、さらに人工知能のもつ危機感について説明された。危機感とは、正しさの証明が出来ないという、テストにとって致命的で、簡単に解決しそうも無いテーマである事が、話の進む中で明確になった。さらに時間的に直ぐそこまできている課題である事も説明され、午後の眠気を吹き払う絶好のテーマであった。筆者なりのまとめで言うと、「テストできないものをテストする時代を迎えようとしている」ことと、それを取り巻く現在の状況のことで、深刻な問題提起で注目が高かったと思う。このテーマは、発表者が「検討される仲間の募集」を求めておられたので、ここでも募集の宣伝をしておく。

S4) 招待講演
「シン・テストエンジニアのキャリアについて~[序・破・急]の先に向けて~」
山本 久仁朗 (mediba)

筆者にとって、テストの切り口を転職サイトから眺めることに新鮮さと驚きを持った時間となった。参加者に対し、既にエンジニアであるか、またはエンジニアになろうとしているかの問いかけから始まり、続けて、将来に向けてのキャリアプランを持っているかを重ねて問いかける。日ごろのテスト実施の取組みと違う観点であり、会場は話に引き込まれていく様子が伺えた。

まず、スキル標準の3つ(ITSS/ETSS/UISS)を比較して、組込み系のETSSのみに、「テストエンジニア」や「QAスペシャリスト」が職種として定義されていることを紹介された。筆者にとっては、日ごろ気にする機会の無い分野であり、大変興味深い内容となった。次に、Test.SSFおよびISTQBとJSTQBの紹介を話された。筆者は、これらについては多少なりとも知識を持っており、あらためて拝聴させて戴いた。講演はさらに世界に目を向けて、世界のスキルランクや職種のランクの調査結果の紹介もあり、最後までひきつけられる講演であった。

(筆者所感)

プロジェクトの現場では、毎日の作業の中でテスト技法の習得やテスト技術の動向を気にすることに時間を割かれ、あらためて今の自分のキャリアを確認し、今後のキャリアプランを考える必要性を感じることは無かった。しかし、定年間近な筆者には、自身の今後のキャリアプランを考える良いきっかけを戴き感謝している。また、Test.SSFについては、本講演により有用性を再認識し、活用する機会を考え直そうと反省した。

S5) 企画イベント:SIG

最後のセッションは、講演ではなく参加者がテーマ毎に集まり、"エイト・ソリューション"を使ってのグループディスカッションである。これは、「各自の悩みを渡された紙に書き、その紙を隣の人に渡して悩みに対する提案を記述してもらい、また隣に渡して記述してもらうことを、参加者全員の意見がもらえるまで繰り返していく。 その後、その悩みを参加者からもらった提案についてフリーディスカッションをする。」ものである。筆者は、過去のJaSSTで経験があり、毎回新たな気づきを得られるので楽しみなイベントの1つになっている。

今回のディスカッションは、当日の講演に沿って5つのテーマで6グループに分れて行われた。筆者は、湯本氏の講演テーマのグループに参加し、「テストタイプが決められない悩み」について貴重な意見を聞く機会を得ることができた。また、人数の都合で、電気通信大学西康晴氏が我々のグループに加わり、参加メンバは、それぞれの悩みを直接アドバイスされ、有意義な時間を過ごせたようである。

S6) クロージング

福田実行委員長は、JaSST Kyushu続投の思いと、今後のJaSST Kyushuの抱負での締めくくりをされた。JaSST Kyushuの特徴の1つである開催場所については、次回の明確な場所の回答はされなかったが、筆者個人の希望は、未開催地である長崎県で皿うどんを食べたいと思う。

終わりに

今回参加の皆さんは、「深化。進化。」に、それぞれの思いを掛け合わせ、新たな活力源を得た事と思う。筆者も、ますます多様化するソフトウェアに対して、この新たな活力源を活かした取組みをしようと決意もあらたに宮崎を後にした。

記:佐藤 一寿(JaSST Tokyo 実行委員会)

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