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イベント報告
 ソフトウェアテストシンポジウム 2016 関西

2016年6月17日(金) 於 いたみホール(伊丹市立文化会館)

ソフトウェアテストシンポジウム 2016 関西
「ソフトウェアテストの価値って?」
~ テストをビジネスから考えよう ~

オープニングセッション

野中実行委員長の穏やかな挨拶でJaSST'16 Kansaiは開幕した。今回のテーマは「ソフトウェアテストの価値って?」である。野中氏は以下のように語った。

エンジニアは「より良いモノを作りたい」と思っているのは間違いないが、実際には、「何かが違う」と感じながら活動することも多いのではないか。そう感じてしまう理由の一つとして、「自分の仕事の価値」が感じられなくなる、というのがあるのではないか。そこで、「どうすれば、仕事が楽しくなるか」、「テストエンジニアにとって、テストをしてうれしいことは何だろう?」という目線でソフトウェアテストの価値を考えるシンポジウムを企画した。

1-1) 基調講演
「未来を共有することから部門の壁を越えて価値を描く組織になる」
~ 技術部門・テスト部門・品質保証部門のベクトルを合わせるには? ~
前川 直也 (日新システムズ)

JaSST'16 Kansaiの基調講演をご紹介する。趣味はお琴と三味線、という、前川 直也氏による、価値を共有するための方法について、豊富なご経験を交えた実践的な講演が行われた。

内容は、以下の4つのテーマについてである。

  1. ビジネス価値の最大化とは
  2. 壁を越えてゴールを共有する
  3. 現場の改善でつなぎ合わせる
  4. チーム、組織の価値の最大化
1. ビジネス価値の最大化とは

折衝などのビジネスシーンで実際に起こりがちな、仕様策定などにおけるクライアントとの意図の相違の発生過程について多様なスライドで説明があった。
また、出来上がった製品が、顧客の想定しているものとはまったく違うなどの事例について、わかりやすい図を交えて説明がなされた。

その後、抽象的な概念である「価値」を、いかにして関係者同士で共有していくかの説明がなされ、問題を解決するために、短いタイムボックスで回しながら変化に対応する方法などの紹介があった。

(筆者感想)

「価値を作っているのは人だよね」という言葉には大いにうなずくものがあった。

2. 壁を越えてゴールを共有する

ここでは、価値を最大化するために、部門の枠を超えて価値を共有する方法について語られた。

ソフトウェア開発では、要求の変化は起こるものとして捉える。目的を共有しつつ新たな提案を行うための方法として、記入式のフォーマットが紹介された。お客様のペルソナ、お客様のハッピー(満足)、価値のストーリー化、などを記入することができる。

(筆者感想)

このシートは、ユースケースやインセプションデッキなどと呼ばれるものを連想する内容だった。すぐに記入できる親しみやすい内容で構成されているので、イメージがつかみやすく、直ちに実践できるように思われた。

なかでも新鮮だったのは、【お客様のハッピー】というページである。これこそが製品を作り出してゆく上で普遍的な価値であると思われ、とても印象的だった。,

ゴールとリズムの共有については、チ一ムの一体感を得て同じ目的に向かって作業することが、効率化とチームビルディングにおいて有効と思われた。

3. 現場の改善でつなぎ合わせる

ここで、ゴールを共有することの大切さについて再びお話があった。また、プロジェクトを変えてゆくために、課題を洗い出してまとめるやりかたについて、具体的に行う方法が紹介された。

要約すると、大量に出した課題をグループ化し、いくつかのステップを経てスローガンにまとめるという方法である。

(筆者感想)

アジャイルの振り返り等で語られることが多いKPTを思い出した。それよりさらにイメージしやすく、考え抜いて一つのスローガンにまとめるという手法は、納得感があった。

4. チーム、組織の価値の最大化

チーム・組織の価値の最大化のために、自立(意欲)的かつ創造的な社員が集まる風土づくりについて触れられた。

価値を提案する社員を増やすには、彼らが自ら考え、行動し、発信できる場所を作ることが重要である。立場の違いによる人と人の争いになるのではなく、ゴールを共有して共に解決していくという手法が紹介された。

(筆者感想)

問題意識を抱えて日々の仕事に従事している技術者や、やる気のある技術者にとっては、この内容を思い出すことで改善への第一歩を踏み出そうと思えるようになるだろうと思った。

3A-1)「派生開発とシステムテスト」
永田 敦 氏 (派生開発推進協議会 T4研究会)
依田 誠二 氏 (派生開発推進協議会 T4研究会)

※この時間帯は、「(3A)テクノロジーセッション」「(3B)人間中心設計セッション」からの選択制であった。ここでは、筆者が参加した「(3A) テクノロジーセッション」について報告する。

派生開発として、変更およびバグフィックスに着目し、以下のポイントについての紹介が行われた。

変化したところをテストする際のプロセスの分析

機能のアップグレード・変更・バグフィックスなど、変更されたところをテストしていくという観点から、作業プロセスの切り分けが明確に提示されていた。

(筆者感想)

派生開発における製品価値として、「当たり前品質」と「魅力的品質」についての境界の考察が興味深かった。見落とされがちな「魅力的品質(≒非機能要件)」の欠陥によって、価値が損失することがグラフなどで説明され、いかに魅力的品質部分を担保していくか、考えさせられた。

テストツール

トレーサビリティマトリクス(TM)、T型マトリクスを利用して、派生開発における仕様変更に対応する方法が紹介された。

トレーサビリティマトリクスは、製品の変更要求仕様と、変更設計をつなぐドキュメントとして利用することができる。

T型マトリクスは、開発要求・機能・モジュールをT字型の軸に割り当て、関連する交点に丸を付けて3つの項目の関連を視覚化したドキュメントである。開発者とテスト技術者の認識を合わせることができる。

(筆者感想)

これらのマトリクスは、さまざまなテスト観点の抜け・漏れを防ぎ、影響範囲を推察するためのテンプレートとしても使えると思った。また、比較的少ない工数で、忙しい中でもミスを事前に防ぐ効果も期待でき、項目の粒度に気を付けて運用すれば高い効果を得られるのではないかと考えさせられる内容だった。

3A-2)「DevOpsから見たテスト自動化と価値の見える化」
荻野 恒太郎 (楽天)

全体的に、ツールを活用して開発の生産性を上げている具体例が多く、DevOpsの導入を考えている場合には大変参考になる内容であった。

KPIの見える化

テストの安定率やテストケース数、デプロイ頻度などは、ビジネスKPIとチームKPIに分類されており、Kibana(オープンソースのログ監視・解析ソフトウェア)を活用したレポートでリアルタイムに確認できる実例が紹介された。

(筆者感想)

即時性によって問題への素早い対応を行うことでKPIを上げていくことができる様子がうかがえた。独自のKPI手法が印象的な発表であった。

Testability

開発と同時にJenkinsなどを利用して、帰宅時に自動的にテストを行い、すぐに不具合を発見して修正する取り組みが紹介され、テスト実行における敷居の低さを実現している様子が伺えた。また、自動化テストで実装されるテストケースが増えつづけるという問題が提示された。

(筆者感想)

ツールを使用した自動化の利用は、テストオペレーションのハードルが下がるため、マルチブラウザ(クロスブラウザ)などでの運用でも非常に効果が高いように思われた。

Coverage
(筆者感想)

テスト自動化と効率化について、コードカバレッジだけでの評価に対する問題提起など、参考になる資料があったものの、時間の都合もあり、駆け足での紹介となったのが大変残念であった。

4-1)「ソフトウェアテストの価値って?」 ~ てすにゃんくえすと ~
JaSST Kansai実行委員会

テスト設計コンテスト参加チーム「てすにゃん」のコンテスト参加体験を語るセッションとなった。受講者とのライブ形式の質問タイムを途中に入れたり、アニメ仕立てで動きのあるスライドが随所に使われたりするなど、盛りだくさんの内容であった。

このセッションでは、チーム「てすにゃん」が、テスト設計コンテストに参加するいきさつに始まり、様々な問題にぶつかりながらも、それを乗り越えて大切な気づきを得るまでのストーリーを、アニメ仕立てのスライドを使用し、途中質疑応答を交えながら発表された。

「てすにゃん」がテスト設計コンテスト決勝戦に審査委員推薦で参加となったこと、チームビルディングで摩擦が起こったこと、そして、テストに対する視点が、テスト設計を始めた当初は機能を動かすことにフォーカスされていたものが、価値が重要であるという気付きを経て変化したことなどが語られた。また、軋轢のあったメンバーと、少しだけ仲良くなったことなど、ネガティブな内容も含めて、それを乗り越えてゆく様子も語られた。

(筆者感想)

とても意欲的な取り組みであったことが伺えた。楽しく拝聴することができ、かつ、仕事をするうえで基本的なチームビルディングについて考えさせられる内容だった。チーム「てすにゃん」のその後を見たいと思わせる、大いに楽しめるセッションであった。

振り返り

てすにゃんくえすとの発表終了の流れに引き続いて、実行委員長の野中氏の挨拶で締めくくられた。

「価値」というキーワードが各セッションを通じて随所で使われ、何のためにテストをするのかという、一番基本的、かつ品質保証における普遍的なポイントについて、改めて認識するきっかけになったように思う。

まとめ

派生開発における、ありがちな問題に対応する具体的なイメージを持てるものや、参加者をしっかりと意識した「てすにゃんくえすと」セッションの構成など、一緒に考えながら受講できる内容になっていた。それぞれに中身が濃く、持ち帰ることのできる内容が多く、たいへん有意義であった。

記:江川 さおり (JaSST東京実行委員会)

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