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イベント報告
 ソフトウェアテストシンポジウム 2018 北海道(代替開催)

2018年11月30日(金) 於 札幌市教育文化会館

ソフトウェアテストシンポジウム 2018 北海道(代替開催)
「モテるモデル」

前日の雪が街中に残る中、札幌市教育文化会館にてJaSST'18 Hokkaidoが開催された。
例年は雪の時期を避けて開催されているが、今年は9月に予定されていた開催日の直前に平成30年北海道胆振東部地震が発生した。
実行委員の尽力のもとで今回の代替開催が行われ、約90名の参加者が集う大いに盛り上がるシンポジウムとなった。

シンポジウムのテーマは「モテるモデル」であり、座学だけでなくPCを用いて行うグループワークなどを通して、参加者がモデリングを学び易くなるように工夫されていた。
筆者が受講したセッションを以下に報告する。

S2) 基調講演
「土俵際で相撲をとるのはやめよう わかるシステム可視化技法」
神崎 善司 氏(バリューソース)

神崎氏はRDRA(Relationship Driven Requirement Analysis)の提案者であり、多様なプロジェクトに参画経験のある要件定義のコンサルタントである。
システム開発は下流工程に行くほどリカバリーが困難になる傾向がある。
神崎氏はRDRAによって上流工程である要件定義の精度を高め、下流工程での手戻りを減らすことを提案している。
今回はRDRA2.0を元にして、通常多くの経験が必要な要件定義の扱い方を説明した。

RDRAの対象範囲

RDRAの対象企業の例として「ユーザー企業」「開発一次受け」「開発二次受け」が挙げられる。

「ユーザー企業」に対しては、規模の大きいシステム仕様の把握が困難であることから、システムの推測が利く粒度かつ影響度分析が可能なモデルをつくることが効果的である。

「開発一次受け」に対しては、ユースケースを洗い出してビジネスルールを整理することで、システムの全体感を早期に見通せることなどがRDRAの有用性のひとつとして挙げられる。

また、直接ユーザー企業との要件定義に関わらない「開発二次受け」に対しては、提供される仕様の妥当性を把握した上で開発一次受けに提案するためにもRDRAが有効である。

RDRAの4つの視点

RDRAにおけるシステム分析として「システム価値」「システムの外部環境」「システム境界」「システム」の4つの視点で整理する方法がある。

モデルの記述量が多すぎると理解が困難になる、という現実的な問題について、RDRAは記述した情報の関係性を用いることで対応している。記述した情報の関係から記述していない情報を推測可能にすることで、モデルの記述量を減らして理解を容易にしている。

先に紹介した4つの視点も記述する順序は「システム価値」→「システムの外部環境」→「システム境界」→「システム」となるように設定されている。矢印先の視点にある情報の根拠が、矢印元の視点にある情報から導出できるモデルになることを想定している。

(感想)

「システム規模が大きく全体把握が困難」や「システム変更による影響範囲が分からない」といった実際に起こりうる要件定義の問題点に対して、神崎氏が真摯に向き合った成果がRDRAに詰まっている、という印象を受けた。

また、要件定義を始めるときはRDRAモデルのたたき台を早急に作成し、ユーザーとの認識確認/モデル修正を行いながら要件定義の精度を上げていく、という話も紹介された。
想像だけで議論を行う「空中戦」を避けるため、RDRAモデルを議論のベースとして事実確認を行いながらモデルのブラッシュアップを進めることで、要件定義の手戻りを減らすことが狙いだろう。この「空中戦」を避ける方法は、要件定義に限らず他工程でも利用可能な考え方だと筆者は感じた。
モデリングだけでなく、システム開発を効率的に進めるためのノウハウについても多く語られたため、非常に学びの多い基調講演だった。

また、参加者からの質疑が活発に行われていたことが印象的であった。
筆者はテストエンジニアにとって要件定義は馴染みが薄いのではないかと予想していた。しかし、質疑の活発さから、神崎氏の講演が多くの参加者の興味を惹きつけたということを改めて理解した。

S3-1) 経験発表・アイディア提案/事例紹介

2つの会場に分かれて各会場に3名の経験発表・アイディア提案/事例紹介が行われた。筆者が受講したセッションについて報告する。

経験発表・アイディア提案
「アジャイル開発効率化に向けたテスト自動化基盤」
 都築 浩平 氏(三菱電機 情報技術総合研究所)

都築氏からはオンプレミスのシステムをパブリッククラウドに移行した時の経験についての紹介があった。
パブリッククラウドへの移行時に行った工夫として、開発基盤と自動テスト基盤の分離やテスト実行ログ出力などの説明があった。また、手動で行われていた回帰テストの自動化を、移行と並行して行ったと都築氏は語った。

(感想)

システム構成の説明もあり、パブリッククラウドでの自動テスト基盤を構築したいときの参考になる情報だと感じた。

経験発表・アイディア提案
「テスト自動化の改善に向けた取り組み~Deploy speedの改善~」
 江村 禎昭 氏(楽天 サービス品質保証グループ)

江村氏からは同社が一般向けに提供しているサービスの改善取り組みの方針と成果についての紹介があった。
運用を含めたE2Eテストの速度改善策として、環境作成の高速化やデバイスごとのテストスクリプト共通化などの説明があった。

代替開催で使用した資料は9月開催時に向けて用意した内容であり、9月時点の課題がいくつか挙げられていた。しかし、9月時点の課題は代替開催までに解決したと江村氏は語った。

(感想)

E2Eテストの改善が、テスト実行だけではなくテスト準備といった運用面についても語られていたことが印象的だった。また、9月時点の課題が代替開催までに解決されていたことから、改善活動の速度感を理解することができた。

事例紹介
「不完全な業務フロー図から網羅的にテスト設計するための状態遷移図の活用事例」
 町田 欣史 氏(NTTデータ)

町田氏からはシステム設計時に作成した業務フロー図に対して状態遷移図によるテストケース作成を行い、不具合流出を抑制した事例についての紹介があった。
設計時に作成する業務フロー図では正常フローは網羅される。しかし、代替フローや例外フローについて省略されてしまい、設計完了時に業務フローが網羅されていない不完全な業務フロー図になることが多い。
そのため、業務フロー図で不足した情報を補うように、テスト設計時にテスト技術者が状態遷移図を作成した。状態遷移図を用いることで省略されていない業務フローに対するテストケースが作成できたと町田氏は語った。
また、状態遷移図の作成でテスト設計者の業務理解が向上したことによるテストケースの品質向上が確認されており、欠陥流出抑制以外の副次的な効果が得られたと語った。

(感想)

情報不足などにより上流工程で完全な設計を行うことが難しい、という現実的な問題を認識した上で、テスト工程でフォローできることに真摯に向き合っていると感じた。

S4) 影響度分析 実践演習

基調講演のRDRAモデリングを参加者が体験できるワークであり、2~3人のグループとなりPCを用いたワークを行った。
架空の航空会社の予約システムを対象にして、RDRAに基づいた業務分析および影響度分析を体験した。

影響度分析

基調講演で学んだ内容について実際に手を動かすことで、RDRAの使用イメージをより具体的にすることができた。
また、影響度分析として、RDRAのモデル作成後に情報間の依存関係を機械的に辿る方法を体験できた。
膨大な情報を扱う要件定義において、ツールを有効に活用することで、効率的な/一貫したモデル生成を可能にしていることを理解できた。

(感想)

基調講演でRDRAの使い方や利点について学ぶことができたが、ワークにより実際に現場で利用するためのイメージをつかむことができた。

また、ワークの主導は実行委員により行われており、PCへのワーク環境のセットアップやワークに対する不明点の解決を複数の実行委員が会場を見回って対応していた。
多人数のPCを用いたワークだとトラブルが発生しやすいものだと考えていたが、大きなトラブルもなくスケジュール通りに進行していた。
実行委員による入念な準備とフォローが適切に機能した結果だと感じた。

S5-1) ビブリオバトル

事前募集された4名の発表者がおすすめの本の魅力を紹介し合うビブリオバトルが開催された。筆者も発表者として観戦者の前でおすすめの本を紹介した。他の発表者もソフトウェアテストとは別分野に見える本がITにどう活用できるかをそれぞれ魅力的に語っていた。また、発表に対する観戦者の反応も良かったこともあり、終始楽しむことができた。視野が広がり、新しい本を知ることができたため、とても有意義な時間だった。

S6) 招待講演
「弁護士が大切にする「過程(プロセス)」と「社会的公正」」
小野寺 信勝 氏(北海道合同法律事務所)

主に人権問題をテーマに扱っている弁護士の小野寺氏からは、弁護士の業務や役割などが語られた。

「法」の基礎知識

前半は主に法関係の基礎知識についての説明があった。
日本の法体系は「法のピラミッド」で制定されており、上から憲法、条約、法律などが並んでいる。内容に衝突がある場合は、ピラミッドの上にあるものが優先される。
また、IT業界で関わりの深い業務委託契約についての説明があった。
「請負契約」は仕事を完成させる契約であり、受注側は結果を出さないといけない。受注側は成果物に対する瑕疵担保責任があるが、代わりに発注側は正当な理由がないと契約を解除できない。
「委任契約」は人の代わりに物事を実施する契約であり、受注側は発注側の命令に応じた作業を実施できればよい。受注側は成果物に対する瑕疵担保責任はないが、発注側はいつでも契約を解除することができる。

手続きの重要性

後半は小野寺氏の弁護士業務として行っている法律相談などの説明があった。
弁護士が扱う案件は過去に起きた事柄を対象にすることがほとんどであり、相談主に負の感情が残っている場合が多い。
弁護士の役割のひとつは負の感情を軽減させることであり、時間をかけて取り掛かる必要があると小野寺氏は語った。

(感想)

IT業界では法律問題・社会問題に触れる機会が少ない人も多いと思う。筆者も普段、法律問題とは縁のない一人だが、今回の話を伺ったことで社会生活における法の重要性を改めて考える必要性を感じた。
筆者個人の業務の範疇であれば、契約は普段あまり意識が向けられていない。しかし、今回の講演内容で説明いただいた法律や契約の話はIT業界で働く人なら知っておくべき事柄である。法の専門家に解説いただいたことで、普段の業務がどのような契約であるかを改めて知る事ができた。
また、社会問題について知った上で、IT業界が社会に対してどのように貢献できるかを再考する機会になったと感じた。

S7) クロージングセッション
中岫 信 氏(JaSST'18 Hokkaido 実行委員長)

平成30年北海道胆振東部地震が発生したことにより、当初予定していた時期でのJaSST'18 Hokkaido開催が中止となった。
今年度開催は諦めかけていたが、周囲の期待や励ましの声により代替開催に至ったと中岫氏は語った。

SX) 情報交換会
「ライトニングに語る夕べ」

「ライトニングに語る夕べ」と題し、事前募集された6名の参加者によるライトニングトーク大会が開催された。
ライトニングトークのテーマは様々であり、内容から発表の仕方の工夫に至るまで本編とは違った学びに溢れた時間となった。

全体の感想

震災後の代替開催ではあるが、9月開催と変わらない講演者が集まっており、実行委員や講演者の方々の努力が実を結んだ素晴らしいシンポジウムだった。
また、テストに関する具体的な事例から、要件定義、果ては社会問題に至るまで、一日で広く深く学びを得ることができた。
さらに、募集により発表者側となる参加者も多いことや、質疑が活発な雰囲気であることなど、発表者と参加者の垣根が低く、終始雰囲気の良い印象を受けた。
震災を乗り越えて代替開催に至る過程は北海道民の団結と底力を表したかのようであり、学び/楽しさのいずれも満足のいく一日であった。

記:真鍋 俊之(JaSST東北実行委員)

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